クレア — ブルーグレーの猫

クレアと潮風のビスク

French Bisque Voyage
— Cat Seasoning Collection Vol.02 —
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— 01 —
Scene 1

朝の光が差し込むキッチン。
窓辺に、あの銀色の猫——レイラはいなかった。

代わりに、いつの間にか椅子の上に丸くなっている猫がいた。
ブルーグレーの短い毛。どっしりとした体。
銅色の瞳が、こちらをじっと見ている。

物静かだけれど、どこか食いしん坊そうな目。

「あなたも、どこかに連れて行ってくれるの?」

猫はゆっくりと立ち上がり、窓の方を向いた。
潮の香りが、どこからか漂ってきた。

— 02 —
Scene 2

気がつくと、そこは港だった。

灰色の空の下、石造りの桟橋に漁船が並んでいる。
カモメが鳴き、波が船体を叩く。

空気は冷たくて湿っている。
でも、どこからか温かい香りが風に混じっている。

クレアが波止場を歩く。
漁師たちが「おはよう、クレア」と声をかける。
この猫は、ここでは顔なじみらしい。

— 03 —
Scene 3

港のすぐ裏に、小さなビストロがあった。

壁は海風で色褪せた水色。窓枠は白。
扉の横にチョークで「本日のビスク」と書いてある。

クレアが勝手口からするりと入っていく。
まるで自分の家のように。

中から、シェフの声が聞こえた。
「おう、クレア。今日もいい殻が入ったぞ」

— 04 —
Scene 4

キッチンに入ると、シェフが大きなザルいっぱいの
エビの殻を前にしていた。

赤みがかった、薄い殻。
身はもう取られて、空っぽ。

「これ、ゴミなんかじゃないんだよ」

シェフが殻をひとつ持ち上げて、鼻を近づけた。
「ここに、海の旨みが全部残ってるんだ」

——え? この殻に?

— 05 —
Scene 5

シェフが殻をフライパンに入れた。
バチバチと音がして、キッチンが一気に香りで満たされる。

海老の殻が焼ける匂い。
香ばしくて、甘くて、深い。

「ビスクの秘密はね、この殻なんだ」

シェフは手を止めずに話し続けた。

「昔、漁師たちが売り物にならない小さなエビを
殻ごと煮出して食べたのが始まりだ。
捨てるはずのものが、最高のスープになった」

— 06 —
Scene 6

炒めた殻に白ワインを注ぐ。
じゅわっと音がして、蒸気が立ちのぼる。

玉ねぎ、セロリ、ガーリック——ミルポワと呼ばれる
フランス料理の香味野菜を加えて、じっくり煮込む。

トマトを入れると、スープが美しいオレンジ色に変わった。

シェフがひとさじ味見して、うなずいた。
「今日のはいいな」

クレアが足元で、目を閉じて香りを吸い込んでいた。

— 07 —
Scene 7

スープをシノワ——目の細かい漉し器——で丁寧に漉す。

殻の破片を押しつぶすようにして、
最後の一滴まで旨みを搾り出す。

残ったのは、絹のようになめらかなスープ。

仕上げにクリームをひとまわし。
ホワイトペッパーをひと振り。

「これが、ビスクだよ」

器に注がれたスープは、
夕焼け色をした海そのものだった。

— 08 —
Scene 8

ひと口飲んで、言葉が出なかった。

海老の旨みが、舌の上でじわっと広がる。
クリームのまろやかさの奥に、
殻を焼いた時の香ばしさが隠れている。

ホワイトペッパーのピリッとした奥行き。
セロリと玉ねぎの甘み。

こんなに複雑なのに、するすると飲める。
海そのものを、スプーンですくっているような。

「おいしい……」

クレアがテーブルの上に飛び乗って、
器をのぞき込んだ。

— 09 —
Scene 9

午後、シェフに連れられて塩田を見に行った。

ブルターニュの南、ゲランドという町。
見渡す限りの、浅い水面。

「パリュディエ」と呼ばれる塩職人が、
長い木の道具で、水面の塩をそっとかき集めている。

「この塩田は千年以上続いているんだ」

風と太陽と海水だけで作る塩。
機械は使わない。手仕事だけ。

指先にのせてなめてみた。
しょっぱさの奥に、ほんのり甘みがある。
海のミネラルが、そのまま結晶になったような味。

— 10 —
Scene 10

日本に帰ってきた。
いつものキッチン。

でも、あのビスクの香りが忘れられない。

あの殻を炒めた時の、海の香ばしさ。
シノワで漉した、絹のようなスープ。
ゲランドの塩の、まるい甘さ。

「あの味を、もう一度——」

そして思い出した。
沖縄から届く「天使の海老」の殻のこと。

身を使ったあと、いつも捨てていた殻。
あのシェフの言葉が蘇る。

「ここに、海の旨みが全部残ってるんだ」

— 11 —
Scene 11

天使の海老の殻を丁寧にパウダーにした。

そしてテーブルに並べた。
セルファン——ゲランドの塩。
トマトパウダー。カシューナッツパウダー。
スモークドパプリカ。ガーリック。セロリ。
玉ねぎ。ホワイトペッパー。

あのビスクの味を思い出しながら、
少しずつ混ぜて、香りを確かめて。

殻を炒めた香ばしさは、スモークドパプリカで。
クリームのまろやかさは、カシューナッツで。
ゲランドの塩が、全体をやさしくまとめる。

「あ——これだ」

ブルターニュのビストロとは違う。
でも、あの港の空気が、ふわっと戻ってくる。

— 12 —
Scene 12

今日の晩ごはんは、クリームパスタ。

いつもならコンソメと塩だけ。
でも今日は、あのシーズニングをひとふり。

鍋から立ちのぼった香りに、息を飲んだ。

「……ブルターニュだ」

海老の殻の深い旨み。
スモークドパプリカの香ばしさ。
クリームと混ざったゲランドの塩の甘み。

キッチンが一瞬、あの港町のビストロになった。

— 13 —
Scene 13

食べてみた。

パスタに絡んだクリームソースの中に、
海老の旨みがぎゅっと凝縮されている。

カシューナッツのまろやかさが、
クリームとは違う、やさしいコクを加えている。
トマトのほのかな酸味。スモークドパプリカの余韻。

ブルターニュのビスクのコピーじゃない。
日本のキッチンだから出せる、新しい味。

「おいしい。これ、海のシーズニングだ」

— 14 —
Scene 14

窓辺に、クレアがいた。

いつの間にか戻ってきていた。
夕日に照らされたブルーグレーの毛が、
海の色に光っている。

「また連れて行ってくれるの?」

クレアはゆっくりまばたきをした。
銅色の瞳に、波のきらめきが映っていた。

窓の外に、知らない港の気配がした。
次はどんな味に出会えるんだろう。

French Bisque Voyage
ブルターニュの港で出会った、海のシーズニング。
French Bisque Voyage

17世紀の漁師の知恵。ゲランド千年の塩。沖縄・天使の海老の殻。

捨てられるはずだったものが、最高の旨みになりました。

いつもの料理にひとふり。
あなたのキッチンが、海とつながります。

このシーズニングを使ってみる
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